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足利の風景



鑁阿寺の石灯籠

多宝塔

鐘楼



足利氏にゆかりの寺院 (鑁阿寺)

鑁阿寺南門と太鼓橋

真言宗大日派 金剛山 鑁阿寺

 足利には足利氏ゆかりの寺院が数多く残されています。それらは主に鎌倉初期に創建され、以降の時代に於いても一族から手厚い保護を受けて今日に伝わったものです。
鑁阿寺はその代表的な存在です。

 西暦1196年(建久7年)足利義兼が創建し、義氏が堂塔伽藍を建立したそうです。
 鎌倉時代に一度火災で焼失しますが、西暦1299年(正安元年)足利貞氏によって再建されています。



 国宝である本堂を中心とした約4万平米の敷地は、周囲を土塁と堀に囲まれ、足利義兼の居館に相応しく中世の城郭様式を色濃く残しています。


大銀杏と多宝塔・お堀の土手から

 創建の年(西暦1196年)は、義兼の正室(北条)時子が亡くなった年にあたります。時子の死について、”蛭子伝説”の語る所によれば、義兼から不義密通の嫌疑を掛けられ自害に及び、死後その嫌疑は晴れ、時子の御霊供養の為にこのお堂が建てられたとあります。もし、それが事実であれば、鑁阿寺の成立も、時子の親元である執権北条氏を憚り、城郭を寺院に改修したのかも知れません。

七五三賑わう本堂前・大銀杏

一切経堂

赤御堂外観(春・つつじの季節)

赤御堂裏手(お堀の土手より・秋)

赤御堂正面

赤御堂裏手(義国公・義康公の供養塔) 


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